敗者
敗者と呼ばれた人。
以前、「悪党」と呼ばれた人の話を書きました。
その次は、「裏切り者」と呼ばれた人。
どちらにも共通していたのは、ある一つのことです。
人は、理解しきれない相手に名前を付ける。
「悪党。」
「裏切り者。」
そう呼んでしまえば、少し安心できます。
相手を理解したような気持ちになれるからです。
では、「敗者」という言葉はどうでしょう。
この言葉だけは、事実なのでしょうか。
1615年、大坂夏の陣。
豊臣家は滅びました。
その最後の戦いで、徳川家康をあと一歩まで追い詰めた武将がいます。
真田幸村。
本名は真田信繁です。
歴史の結果だけを見れば、彼は敗者です。
それは変わりません。
でも、少し不思議なことがあります。
四百年以上たった今でも、多くの人が語り継ぐのは、勝った徳川方の武将よりも、真田幸村という一人の武将です。
なぜでしょう。
真田幸村は、決して無謀な人ではありませんでした。
父・真田昌幸から知略を学び、戦況を読む力にも長けていました。
だからこそ、自分たちが置かれた状況も理解していたはずです。
相手は圧倒的な兵力。
勝敗だけを考えれば、勝つことは極めて難しい。
それでも前へ進みました。
守るべきものがあったからです。
勝つためだけではなく、
自分の信じるものを最後まで貫くために戦った。
だから彼の生き方は、四百年たった今も人の心を動かすのかもしれません。
会社でも、人生でも似た場面があります。
挑戦した人は、失敗すると目立ちます。
挑戦しなかった人は、失敗もしません。
数字だけ見れば、挑戦した人が「負けた人」に見えることもあります。
でも、本当にそうでしょうか。
歴史は、ときどき意地悪です。
勝者の名前は教えてくれます。
でも、人の心に残るのは、必ずしも勝者ではありません。
「悪党」と呼ばれた人。
「裏切り者」と呼ばれた人。
そして、「敗者」と呼ばれた人。
こうして並べてみると、どれも本人が選んだ名前ではありません。
時代が付けた名前です。
けれど時代は、不思議なくらい気まぐれです。
昨日の悪党が、今日の英雄になる。
昨日の裏切り者が、未来では改革者と呼ばれる。
そして昨日の敗者が、何百年後には「最も愛された武将」になることもあります。
歴史が変えたのは、出来事ではありません。
人の見方です。
だから最近、こんなことを考えるようになりました。
勝ち負けは、その日の結果です。
でも、生き方は、その人の物語です。
結果は一日で決まります。
物語は、何百年もかけて語り直されます。
だから歴史は面白い。
焦って答えを出さないからです。
今日、誰かに「負けたね」と言われても、
それが人生の結論とは限りません。
歴史は、そんなに短気ではないのです。

